「宇宙ボレロ」に込める意味。
27時間の「創造的混沌」は、どこへ向かうのか。

「コネクテッド・インク 2021」の開幕と閉幕は、ひとつの共通したテーマに基づいて展開される。それは「創造的混沌(Creative Chaos)から、何が生まれるのか?」。開幕時に投げかけられた問いかけが、27時間を経て、形を変えて戻ってくるというプログラム。「創造的混沌」が意味するものは、どのような未来につながっていくのか。このイベントで伝えたいテーマが凝縮されたオープニング&クロージングを通じて探索していく。

宇宙こそ、「創造的混沌」の象徴ではないか?

2015年の立ち上げから今年で6回目を迎える「コネクテッド・インク」は、そのテーマに「宇宙」を掲げた。多様な分野の創造性がぶつかり合い、その「創造的混沌(Creative Chaos)」から生まれ来るものを問いかけるこのイベントにとって、「宇宙」というキーワードは高い親和性を持って私たちの心に響く。宇宙は、その成り立ちからして「創造的混沌」とは切っても切り離せないからだ。

ビッグバン理論。ジョージ・ガモフ(George Gamow)らによって提唱された現在の宇宙物理学の標準理論では、宇宙の誕生後、「プランク時代(10-43秒)」というほんのわずかな時間が経過するまでの間、現在宇宙で見られるすべてのものが原子核よりも小さな「点」に詰め込まれていたとされる。重力、電磁力、強い力、弱い力という自然界の4つの基本的な力は互いに区別できず、その点は膨張を始めていた。そこから、この宇宙に存在するあらゆるものが創造されることになると考えれば、宇宙物理学の最前線でも完全には理解されていない「宇宙のはじまり」は、まさに「創造的混沌」の状態にあったと言えるだろう。

宇宙をめぐる科学と芸術

人類は、その歴史の最初期から、宇宙を理解したいという欲求と共に歩みを進めてきた。紀元前3,000年頃のバビロニアの石板には、1年の昼の長さの変化が記録されているものもある。宇宙を見上げ、そこに芸術性を見出す行為は、宗教と切っても切り離せない関係にあった。初期の文明において、夜空に輝く星々のパターンから物語を紡いだのも、多神教的世界の数々の神話を背景としていた。長らく、宇宙は観察の対象であり、創作の源泉ではあったが、測定や理解ができるものとは考えられていなかった。科学としての宇宙論が始まるのはアルバート・アインシュタイン(Albert Einstein)が一般相対性理論を発表した1916年のことだ。地球周回軌道上に乗せられた宇宙望遠鏡にその名を残すエドウィン・ハッブル(Edwin Powell Hubble)は、「人間は五感を頼りに自分たちを取り囲む宇宙を探検し、その冒険を科学と名付けた」と語った。かつて一体不可分であった宇宙をめぐる芸術と科学。その科学の発展を通じて宇宙の姿が明らかになり、見えないものが見えるようになることで、芸術が刺激を受けて新しい創作につながる様子を、いま、私たちは目の当たりにしている。人類は、今も変わらず、宇宙に芸術性を求めている。

重なりあって大団円に向かう「宇宙ボレロ」

オープニングとクロージングをつなぐのは、宇宙から届くサウンドアート。素粒子「宇宙線ミューオン」を検出、加えて太陽風のパラメータを抽出し、それらの信号を音に変換・アレンジして人間の耳で聞くという詩的体験につなげるもの。最新テクノロジーによって変換された宇宙からのメッセージに重ねられるのは、オーケストラの音色、絵師が描き出すドローイング、パフォーマーによる身体表現といったライブコンテンツだ。そして、るんびにい美術館(岩手県花巻市)在籍のアーティスト・小林覚氏の手によるイベントロゴは、27時間かけて地球の上空を巡り、世界各国の人たちによるコメントやイラストを引き連れて再び帰還する。独特な造形の文字表現を特徴とする小林氏のアート作品は、宇宙と直結しながら表現しているのではないかと思わせる。未知の音を基調として表現が積み重なり、クライマックスに向けてすべてが収斂 していく様は、まさに「創造的混沌」そのものになるだろう。「コネクテッド・インク 2021」を主催するワコム社長・井出信孝は、この異分野共創によるアートの重畳を、モーリス・ラヴェル(Joseph Maurice Ravel)による舞曲『ボレロ』に擬えた。一編の詩に、その想いが込められている。 

「宇宙ボレロ」

宇宙に流れる「大河」のようなもの 
人間の全ての創造はそこから生まれ、そこに還っていく、 
何万年も前から変わらない 
それは、微かな羽音のようなもの、一瞬の煌めきから始まる 
とても静かな始まり 
それは徐々に徐々に、地球の自転一回分をかけて増幅されていく 
その間、あらゆるところで進行している創造的混沌 
命と人生を懸けた舞い、描き、奏で、歌い上げる 
脳から血が出るほど思考し、議論し、共感して、学んでいく 
それらがいつの間にか何層にもわたるミルフィーユのような積層を形成して、
宇宙ボレロの大団円に向かって、駆け上がっていくのだ 
行きついた先の究極の混沌、その向こうにある深い静寂 
そうして創造は人間の手の元にまた戻ってくるのである 

井出信孝 

井出は言う。「人間の創作というのは、自然と直結しながら創る場合と、『戦い』ながら創る場合があると思います。その過程や結果は、必ずしもポジティブなものばかりではないでしょう。創作と表現に携わる人は、誰もが人智を超えた何かに『打ちのめされる』という感覚を覚えたことがあるかもしれません。宇宙という無限の存在に目を向けると、自分自身が小さく感じられ、日々の営みに疑問を持ってしまうこともあるでしょう。それでも、人間の表現は止まることはないと思います。理解できないもの、言語化できないものを感じながらも、それでも人間の創造は手元にあり続ける。そうした感覚を共有できたら嬉しいですね」 

人間の創作と表現は、すべて愛おしい 

小林氏のアートピースは、創作を繰り返すなかで完成されてきた彼独特の手法を通じ、ごく自然に生み出される。目の前の作品づくりに没入し、宇宙という存在を意識することなく宇宙を表現する様子は、彼自身が宇宙を漂う存在かのように映るだろう。一方で、無限の宇宙を前にして、自らの感性と肉体を通じて表現に昇華する戦いに挑む人々もいる。呼吸するかのように作品を紡ぐ者。戦いや葛藤の先に一条の光をつかむ者。そこに違いはあるだろうか。

ある詩人は詩作について「(その詩は)もちろん僕が書いたが、自分の中から言葉が出てきたというよりも、過去の膨大な日本語の集積の中からこういう言葉を自分が選ぶことができた、という感触に近い」と語った。

両者の間には、宇宙や自然といった「創作の原点」から自身の作品の引き出すアプローチの多様さや表現の切実さの違いがあるだけで、「創作という行為」において本質的な違いはないだろう。まして、過程や作品については全くの等価かもしれない。「コネクテッド・インク 2021」は、創作と表現に携わるあらゆる人の取り組みすべてを愛しいものとして、分け隔てなく抱きとめる。

editor / writer_ Chikara Kawakami

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