アート、学び、テクノロジー。 クリエイティビティを支える、コネクテッド・インク・ビレッジという実験場。

アート、学び、テクノロジー。 クリエイティビティを支える、コネクテッド・インク・ビレッジという実験場。

いつの時代にも、文化芸術の発展の裏には、その価値を知る庇護者の存在があった。コネクテッド・インク・ビレッジは「アート、学び、テクノロジー」を持続的に支えることを目的とし、新しい価値や文化の軸を生み出し、社会に実装することを目指す。今年誕生した新たな団体が描くのは、どのような未来だろうか。

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芸術家を社会で支えるシステム

メディチ家の専制政治によって栄華を極めたフィレンツェは、ルネサンスの中心都市であった。ここでは、教会や貴族といったクライアントからの膨大な注文に応えるべく、技術と経験を共有して美術制作に臨む工房形式が一般的だった。「イル・マニーフィコ(il Magnifico;豪華王)」と称されたロレンツォ・デ・メディチ(Lorenzo de Medici)ら、メディチ家三代から重用されたヴェロッキオ(Andrea del Verrocchio)の工房は、レオナルド(Leonardo Da Vinci)やギルランダイオ(Domenico Ghirlandaio)らを輩出。そのギルランダイオの工房からはミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti)が生まれている。工房は単に美術品を制作するだけではなく、注文主ら当時の知識階級が交流し、文化・宗教・政治・経済といった最新知見について日常的に活発な意見交換が行われていたようだ。おそらく、師が注文主から信用を獲得する様子を目の当たりにしただろう。

つまり工房という場所は、芸術家として求められる知識と経験を身につけ、独り立ちするために自らの素養を試す実験場でもあったと言える。芸術を志す者を後押しする工房という社会的システムは、百花繚乱のルネサンスを支えていた。そして、ルネサンスの美術工房よろしく、新たな視点や価値を社会に展開しようという挑戦が始まっている。

「コネクテッド・インク・ビレッジ」という新しい取り組み

今年6回目を迎えるコネクテッド・インクというイベントを重ねるなかで、「ペンと紙の役割を担うデジタルツールを提供する道具屋として、クリエイティブに関わる人たちをいかに支えていけるかを考え続けてきた」というワコム社長・井出信孝(いで・のぶたか)。そして、コネクテッド・インクという年に一度の場づくりにとどまらず、創作に関わる「個」に着目し、「アート、学び、テクノロジー」を持続的に支える仕組みが必要だと考えるに至った。そして、その仕組みはワコムという一営利企業の経営状況に左右されるものではなく、独立性を持って運営されるべきという視点も相俟って、2021年5月、一般社団法人「コネクテッド・インク・ビレッジ」が発足することとなった。

コネクテッド・インク・ビレッジは、「芸術およびアートを通じて表現される、人間としての深みの追求」「新しい学びの価値観の探求と推進」「それらを支えるためのテクノロジーの実装や、さまざまなコミュニティとのコラボレーション」を模索し、実験的な取り組みを行う場だ。その観点に沿って複数のプロジェクトを運営する。関連するコミュニティの構築やコミュニティ同士の接続を通じて、新たな文化や価値の軸を生み出し、社会実装することを目的とする。このプロジェクトを安定的に運営するため、ワコムは寄付金を拠出。将来的には公益社団法人申請も視野に入れている。ビジネス、芸術、アート、教育といった分野から、井出も含め、6名が理事に名を連ねている。

長い旅路を歩み始めたコネクテッド・インク・ビレッジ

発足初年度の今年は、「人間表現 ブレイクスループロジェクト」として、いくつかが動き始めている。このプロジェクトは、表現活動に真摯に取り組む人たちを持続的に支援しながら、異分野との連携機会のアレンジなどにより、表現活動におけるブレイクスルーを生み出そうというもの。具体的には、フィギュア原型師のクリエイティビティを周知し、その創作活動を支援しようという「フィギュア・アート・プロジェクト」や、あるアート作品を呼びかけとし、それに対して別のアーティストが創作で応えることで新たな表現の発露を追求する「コール・アンド・レスポンス・プロジェクト」などが始動している。

今後は、独自の視点から、STEAM(Science / Technology / Engineering / Art / Mathematics)教育を支える奨学金の交付、テクノロジーコンテストの実施、海外各地の、それぞれ色合いの異なる「アート、学び、テクノロジー」の姿を尊重し、 各地のマイクロコミュニティー形成や活動継続のため、運営資金面の支援、を念頭に置いた展開も計画されている。

こうしたコネクテッド・インク・ビレッジの取り組みは、コネクテッド・インク2021にて途中経過が発表されるほか、複数のセッションについて、登壇するアーティストやパフォーマーのキャスティングなどでも、コネクテッド・インク・ビレッジの持つリレーションが活用されている。

創作に携わる人のために、新たな環境をつくる

井出は、コネクテッド・インク・ビレッジを表す一つのキーワードとして「個の復権」を挙げた。「コネクテッド・インク・ビレッジでは、実際に人が集まれる『場』が重要と考えました。リモート化が進む時代だからこそ、リアルの場は大切だと考えています。リアルの場で生み出された個の表現が相互につながり、今までにない表現が、そして学びが生み出されていく。この場づくりを含めて、コネクテッド・インク・ビレッジは新しい実験場みたいなものかもしれません」

こうした言葉は、創作に関わる一人ひとりにスポットライトを当て、その価値に目を向け、尊重されて欲しいという願いから来るものだ。古い価値観から脱却し、人間と世界のあり方を再構築したルネサンス。その趣旨とも通じるような、クリエイティブを巡る新しい環境づくりに向けた確かな一歩が、いま、踏み出された。

写真:橋本美花
editor / writer_ Chikara Kawakami

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