日本アニメーションの未来を支える。
世界に誇る技能と知識を次代につなぐために。

日本アニメーションの未来を支える。
世界に誇る技能と知識を次代につなぐために。

70年以上の歴史を誇る日本のアニメは、一層その輝きを増している。次々と登場する動画配信サービスなどによって視聴環境が長足の進歩を遂げ、COVID-19による巣ごもり需要も相まって、需要の高まりはとどまるところを知らない。その裏で、日本のアニメ制作現場には、ある課題が横たわる。日本の手描きアニメに連綿と受け継がれてきた「技術と知識の継承」だ。

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アニメーター : 魂を吹き込み、命を与える者

「アニマ(anima)」とはラテン語で「生命」「魂」「霊魂」などを意味する。森羅万象に精霊が宿り人々を守ると信じる「アニミズム」も、このアニマのいう言葉から派生したものだ。葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』、伊藤若冲の『動植綵絵』など、日本美術史に燦然と輝く傑作も、アニミズムなくしては成立しなかっただろう。「アニメーション」という言葉は、アニマを起源とする英動詞「アニメート(animate)」から成立した。アニメーションとは、すなわち「魂を吹き込まれた画」を意味し、アニメーションを描き上げるアニメーターとは、「画に魂を吹き込む者」だ。

アニメーションはウォルト・ディズニー(Walt Elias Disney)によって大衆文化として確立され、商業的成功も獲得した。日本においては戦時中からアニメーションは製作され始め、1958年に公開された『白蛇伝(日本初の長編カラーアニメ映画)』の制作スタッフが中心となって日本アニメ業界は牽引されていく。そこから現代に至るまで、優秀なアニメーターの系譜は脈々と受け継がれてきた。

今日、世界において「anime(アニメ)」という呼称で表現される場合、基本的には日本製アニメーションを指すと考えてよい。しかし、「anime(アニメ)」に対する世界的需要の高まりに対し、日本のアニメーターはその質と量の両面において対応が追いつかなくなりつつあることを、私たちは知っておくべきだろう。日本アニメを支えてきた優秀な手描きアニメーターたち。その技術と知識の継承が後手に回ることは、作品の質の低下に直結する。有効な手立てを講じなくては粗製乱造にもなりかねず、世界に冠たる「anime(アニメ)」はその地位を失いかねない。

「手描きアニメ」の伝統を継承する

手描きアニメを取り巻く現状に対し、明確な課題意識を持って新たな挑戦に踏み出しているのが、スタジオジブリで長く動画検査を手がけてきた舘野仁美氏である。舘野氏が設立した「ササユリ動画研修所」は、アニメーション制作の技術と知識に関する教育機関。「失われつつある良質な動画の技術・知識・不文律を本来の意味で次世代へ継承 / 発展させること」を課題として掲げ、「作画について新入社員研修が終わった段階、もしくは、個人の動画外注として一人で仕事ができる段階」の人材をアニメ制作現場に送り出すことを目指した後進育成に努めている。これまでのアニメーター育成は職人的であり、言わば徒弟制度に近いものであった。もちろん、技術と知識の継承において一定の機能を果たしてきたが、一方で、制作現場での戦力となるまでに時間を要し、その過程で才気ある若者が道半ばにして業界を離れることも少なくなかった。

ササユリ動画研修所が挑むのは、業界全体が抱える課題に対する一歩踏み込んだ解決法の提示だ。前提となる「アニメーター育成の共通メソッド」をまとめ上げることができたのは、数多くのアニメーターの作画をその目で見てきた舘野氏の経験が大きい。アニメーターが身につけるべき能力を知り尽くしているからこそ、独自の教育カリキュラム整備が可能となったのである。

「2019年にNHKの連続テレビ小説『なつぞら』で、監修兼プロデューサー的立場で制作に携わりました。その後、改めてアニメ業界における人材育成の必要性について思いを巡らせるようになりました。よく言われるように、アニメーターの待遇は昔から決して良いとは言えません。アニメに夢を持って業界に入ってきた若者たちも、その苦しさから離れてしまう。でも、十分な技術と知識を身につければ、活躍できる場所がこの業界にはあります。教える人、教わる人、雇用する会社。その全てが幸せになれるモデルを作ることで、この業界を少しでも良いものにしていきたいですね」という舘野氏の言葉には、長年身を置いたアニメ業界への恩返しという意味合いも含まれているのだろう。

ワコムは、ササユリ動画研修所に対し、デジタルペンやペンタブレットといったデジタルツールを提供する。この協業は、時代の要請という側面が大きい。アニメ制作現場のデジタル化は不可逆的に進んでいる。さらに、制作のデジタル化は「時間」と「距離」の制約からアニメーターを解放する。デジタルツールを駆使することで、制作現場が求める技術・知識を身につけていれば、日本ひいては世界のどこにいてもアニメ制作の最前線で活躍することが可能となるだろう。ササユリ動画研修所との協業は、「道具屋」としてクリエイターを支援するワコムにできる、ひとつの答えである。

巨人の肩の上に乗って遥か遠くを見渡す

ウォルト・ディズニー・スタジオの初期作品を支えた「ナイン・オールドメン」。彼らが中心となって、アニメーションの基本理論とも言える「キャラクターに命を吹き込む12の基本原則」を編み出した。アニメーションはその誕生から1世紀以上を経て、CG技術が入ってきたこともあり、尚もその表現は進化を続けている。しかしながら、心を揺さぶるコンテンツを「人間の脳内イメージを再現したもの」と仮定すれば、現代においても「人が手で描いたものに現れる情感あふれる動き」は感動を与えるものであり続ける。「手描きアニメ」が培ってきたものは作画技術にとどまらず、「人の心が動く表現とはどういうことか?」という、その「秘密」にこそあるのではないだろうか。新たな偉業の達成は、先人が積み重ねた業績を知ることなしには難しい。ササユリ動画研修所の目指す次代への継承の先に、アニメーションの未来を担う新たな才能たちが誕生するかもしれない。

editor / writer_ Chikara Kawakami

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